さよなら妄想

現実と妄想の狭間で

お婆ちゃん子でなかった私が祖母宅の庭を手入れする理由

昨日は祖母の墓参りで千葉の佐倉市へ行ってきた。母方の家は代々庭にお墓を建てるようにしていて、祖母も今はそこで眠っている。この時期になると庭の草木がお墓が隠すほどに伸び切ってしまうので、手入れも兼ねて毎年お盆前に行くようになった。本来であれば現在一人で暮らしている母の弟が行うべきだが、体の調子が良くないため私が手入れをしている。

 

2010年の6月。サッカーのワールドカップで日本代表が決勝トーナメント進出を果たして大盛り上がりしていた頃に祖母の訃報を職場で知った。

最高の遊び場からつまらない場所へ

少年時代の夏といえば、祖母の家へ遊びに行って姉や従姉妹と一緒に昆虫収集、釣り、鬼ごっこなどを日が暮れるまで遊びつくすリアル版「ぼくのなつやすみ」をして遊んでいた。祖母はいつも楽しそうに遊ぶ孫達を縁側から優しく見守っていて、時々麦茶やスイカなどの差し入れを準備してくれたり、夕方前には家に戻るよう迎えに来てくれてた。祖母宅での遊びが楽しかったのは田舎の自然だけではなく、こうした祖母の優しさや気遣いがあったからこそだろうと今なら思える。ただ、楽しい時間はいつまでも続かず、時間の流れと共に祖母は私に厳しい態度で接してくるようになった。

「サッカーなんかよりも勉強しろ」

「漫画なんて読む時間あるなら勉強しろ」

「ゲームする時間あるなら勉強しろ」

私の成績が姉や従姉妹に比べて良くなかったこともあってか、会う度に口酸っぱく勉強をするようにと言ってくるように。

勉強はともかく、必死になって取り組んでいたサッカーまで“そんなこと”扱いされたことに腹を立てて徐々に田舎へ行く間隔を広げるようになっていき、十代後半は2、3年に一度。二十歳を超えると5年に1度となり、25歳を過ぎる頃には“田舎へ行く”という選択肢そのものが消えた。

数年ぶりの再会 

その後数年が経過した頃、母より祖母が体調不良で入退院を繰り返していると聞いた。『嫌かもしれないけど一度顔見せてあげて』と母からの頼みもあり、久々に尋ねることに。なぜ会いに行こうと思ったのかは思い出せないが、もうそこまで長くないと感じていたのかもしれない。

 

久々に見た祖母は数年前に会った時よりも痩せていて、入退院を繰り返している為か疲れているように感じた。私はここ数年訪問してないことを詫びると『謝る必要なんてない。今いることが嬉しい。今日はゆっくりしていってね。』と訪問を喜んでくれた。この時の笑顔は小学生の頃に何度も見ていた“優しいお婆ちゃん”そのもの。

窓から庭を見ると草木が伸びっぱなしになっていることに気づき、草むしりをすることにした。作業を開始すると30℃を超える暑さのためか、30分ほどで汗だくになる。ふと視線を感じたので縁側を見ると、祖母が車椅子に乗って私の作業をそっと見ている。そして子供の頃同様に麦茶を用意してくれて『今日は暑いから程々にしときな』と。

作業を一通り終えて家に戻ると祖母は大人しく座椅子で寝ていた。叔父曰くこれでも今日は元気いいようだ。時間も夕方になったので帰る支度をすると、祖母は起きて『また遊びに来てね』と、笑顔で見送ってくれたが、結局これが最後の言葉となる。

 

その1週間後、母からの電話で祖母の訃報を知る。後で聞いた話だが、私が伺うことを知った祖母は、病院側に一時帰宅の許可を得て、私を“普段通り”の生活で迎える準備をしてくれていたようだ。

数日後に告別式が行われ、両親、姉、叔父、叔母、従姉妹全員が揃う。全員が揃ったのはいつぶりだろうか?皆が泣きじゃくる中、私は涙が出てこなかった。まだ現実的に受け入れてないのか、10代後半からの確執により情が失くなったからなのかどうかは分からないが、不思議と涙は出てこなかった。

命日で知った祖母の優しさ 

祖母が亡くなって1年。命日のお墓周りで伺うと、祖母の部屋から私、姉、従姉妹それぞれの名前が記されてる缶が見つかった。缶の中にはそれぞれの思い出が入っており、姉と従姉妹の缶には修学旅行のお土産や手紙などが大事に保管されていた。私の名前が記されている缶には少年時代の写真に加え、100を超えるJリーグチップスのカード。あれだけサッカー批判をしていたのに、私が少年時代に集めていたJリーグチップスのカードを密かに集めていたことに驚いた。しかも、カードを見てみると90年代だけではなく、2010年に発売されていた日本代表のカードまで含まれていたのだ。いつか私を驚かそうとしたのだろうか?その真意は聞けないが、祖母の優しさや想いを感じ取ることができた。

現在 

毎年命日になると挨拶をしに行くようなった。祖母が眠るお墓周りは夏になると周辺の草木で隠れてしまうので、誰に言われるでもなく毎年手入れをするようにしている。叔父には「やらなくていいよ」と言われるものの、祖母が縁側から天国に場所を移して見ているので中途半端なことは出来ない。汗をかいたら麦茶を飲めばいいだけ。いつまで続けられるか分からないが、体が動くうちは手入れを続けようと思う。来年こそスアレス(妻)も一緒に。。。いや、断るだろうな。

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