さよなら妄想

現実と妄想の狭間で

浅草橋のイベントを見て少し考えた上でのやや気恥ずかしい結論のようなもの

インターネッツは便利であるが恐ろしい場所だ。

 

仕事、お金、友情、恋愛、家族のいずれかの余裕がなくなり、自分のことで精一杯になった結果、自身より自由で楽しそうにしている人を見てイラッときてしまうのは、実に空虚でいただけない。ならば今を生きる私達は何をすべきか?寝る、読書、ハーブティー、OP、マッサージ、、、うむ。悪くないが、一番のデトックスは非日常感ただ好きなことだけに没頭するという、適度なルーズ感ではないだろうか。

 

適度なルーズ感は旅に出るしかない。ただし、思いつきの旅行ではデトックスにならないのでテーマを決めている。それは、このブログのタイトルにも入っている『さよなら』。具体的には懐かしさを感じる場所、過去にお世話になった、デートした、家族で遊びに行った、父と出かけたなどの“場所”へ行く。

思い出は思い出であって、すがっていては前には進めないが、時にあの頃に戻るのは決して悪くない。そんな訳で、昨日は高校時代に見そびれた太ももを見に行くため、浅草橋で行われている写真館へ。

タイミングよく今週のお題「好きな服」にも繋がります。

圧巻の写真展

会場に到着し、エレベーターで5Fまで上がり入場料500円を払い入場すると、、、そこには絶対領域ではなく、神の所業とも言うべき数々の写真が展示されていた。あの頃身近にあった大切なものに、当時気づくことが出来なかったことを悔やむばかり。

40代を過ぎても綺麗な芸能人、子供を産んでもスタイル抜群な主婦、奇跡の38歳、美人過ぎる○○を持ってしても、未完成の大器には敵わない。それは、将来性から形成される溌剌さだ。フレッシュさは今も昔も遠くない位置に存在するが、求めようものなら全うに生きる事が許されない修羅の道。それが今こうしてアートとして見ることができるのだから、人生は面白い。

 

パシャパシャ、パシャパシャ、、私は無心でカメラのシャッターを何度も押した。周囲を見渡すと一人で来ている人は極僅かで、圧倒的に学生風の男二人が多い。彼らは写真の前でポーズを取ってふざけている。

 

会場から去る私の胸中は、入る前の背徳感は既に消え失せ、梅雨空を吹き飛ばすほどの充実感に変わっていた。ちょうど雨も止んだようだ。会場の出入口にはイケメン二人が自撮りをしていた。恐らくSNS用だ。『写真見てきました!』というアップに対し、女性から「えーwww!」などと呼ばれることを分かった上で発信するはずだ。“俺はやってやったぜ!”と。若いっていいな。。。